”自分を知る”
なんか言葉にするといい感じに聞こえますが、実際はかなりキツイ体験をする事になります。
カウンセリングって楽なイメージがあるかもしれませんが、実際体験するととんでもなくシンドイ作業になります。
悩みがある、つまり問題があるわけです。
問題視しているのは自分です、つまり自分にも問題が少なくともあるわけです。
気づかないようにしていたのに、
自分の嫌な部分と直面し、
それによって起こっていた問題に気づき、
その問題に真摯に向き合い、自ら解決する、
言い訳もできません、
だって、今まで言い訳して問題になったわけですから。
人のせいにもできません、
だって、今まで人のせいにしてきて問題が解決しなかったわけですから。
問題に感じているのは自分なんです。
それをどうにかしたくて悩んでいるんです。
なら、今までと同じ事したって解決するわけありません。
とまあ、言葉にしてみてもピンとこないかもしれませんので、
僕の実体験でどのような流れになるのかちょっと書いてみたいと思います。
ただ、僕個人では別に問題視しているわけではないので
問題の解決とは違っていることだけ理解してもらえば幸いです。
さて、出来事としては
理屈は分かるのだが、どうしてそれが解決に結びつくのかどうしても僕には理解できない、
なんて事をつい最近体験しました。
言ってる事は正論なんです、
むしろ正論を通り越して綺麗ごとにしか僕には聞こえません、
そして、僕はどんな行動をとったか、
逃げるようにその場を離れました。
もうホント一刻も早く、その場から離れたい、ただそれだけでしたね。
これは本当に正しい事なんだ、
なんて信じ切っている人達と対面する機会が何度もありましたが、
その時も逃げるようにその場を離れました。
僕は何回も同じことを言いたくないんです。
で、改善が見込めないと分かった時、いつも逃げ出すんです。
理解できるまでとことん付き合う、そんな考えは全く持ち合わせていないですし、むしろ持ちたくない思考ですね。
ある程度はいいんですが、度を超すと傲慢としか思えないんです。
他人がするにしても、自分がするにしても、どうしても。
あ、もう何言っても何度言っても無駄だ、
そう感じるんです。
なら、逃げよう、一刻も早く立ち去りたい、
だって、無理ですわ。
そんな流れが僕の中にあります。
で、せっかく逃げ出したのに、追っかけられ、
自分の主張を押し付けられるとイライラするんです。
いやいや、こっちの主張を受け入れんくせして何言っとるんや、と。
おかしいんやないか、と。
見捨てる、そんな言葉が当てはまるかもしれません。
いえ、綺麗ごとですね、
長年迷惑をかけられ、関係を完全に断った人がいますから、見捨てる、ですね。
とまあ、”自分を知る”という流れはこんな感じですかね。
出来事があり、それに沿って自分の中でどんな事が起こっているか、
それに向き合うわけです。
で、最初に書いた通り、僕は自分の中のこの流れをあまり問題視していないので、
問題としてみていません。
ですから、もちろん対策をとるつもりもありません。
だって、問題ではないですから。
他人が見て問題ととらえても、
自分が問題と見なければ、問題にはなりません。
ですから、必然的に何も変わりません。
自分が問題と見て、初めて問題になるんです。
そんな流れも僕の中の流れに触れられていますが、
それは当然なんです。
だって、これは僕の考えだからです。
そりゃ、当たり前ですよね、僕自身の考え方ですから。
ですから、正しい答え、正しい考え方なんてないんです。
むしろ、正しい答え、正しい考え方ばっかなんです、世の中。
だからぶつかり合っちゃうんです。
ですが、問題視していないとはいえ、カウンセラーとしては弱点でもあります。
ですから、弱点を知る為にも、”自分を知る”というのはとても大事な事なんです。
自分の弱点を知っていると知っていないとでは雲泥の差があります。
もちろん、カウンセリングの場ではそんな流れはないですので。
一応、念の為。