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航のこらむ
サイト管理人のこらむです。
読み物として見て下さい。何かヒントになるかもしれません。
少しでもあなたの助けになれば幸いです。

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誰でも世界の中心は自分である

世界の中心は自分である、なんて聞くとどう感じますか?
物語の主人公になったような気分になりませんか?
ある意味、そうなんです。
物語には、ストーリーがあって、話しの展開上どうしても主人公視点になります。
では、登場人物は主人公だけでしょうか?
もちろん、違いますよね。他の魅力的な登場人物がいて、ストーリーを盛り上げますよね。
それだけではなく、ちょっとした脇役もいますよね。
一つの大きな目的を達成するために、登場人物は互いに協力して物語は進行していきます。

前ふりが長くなっちゃいました。
何が言いたいかというと、人は自分の視点でしか物事を見れないということなんです。
自分の価値観で世界を見るから、見たいように見てしまうんです。
厳しい人、優しい人、怖い人、面白い人、等々色々な人がいると思います。
でも、こんな経験はないですか?同じ人物なのに、人によって評価が違うって経験は?

それが世界を見たいように見てしまうことなんです。
納得できないなら、(自分にとって)と付けて下さい。
逆に、人からの評価が納得できない人は、(あなたにとって)と付けてみて下さい。
どうでしょう、しっくりきませんか?

人は、それぞれ個性があります。ですから、衝突する時はもちろんあります。
その時に、自分は自分が見たいように見ている、相手も相手が見たいように見ている、
だって、誰でも世界の中心は自分だもんなあって、頭の片隅にでも置いといてみて下さい。
悩みを解決するアイテムになるかもしれませんよ。

中には、自分は今まで人に合わせてきたから無個性ですよって人もいるかもしれません。
でも、それも無個性という個性ではないんでしょうか?
人に合わせてきたという世界の中心にいるわけですから。

最後に、前ふりの話しに戻りますが、一つの大きな目的を決めたのは誰なんでしょうか?
そうです、作者ですよね。作者の考えに沿って、登場人物は動くわけです。
ですから、物語って作り変える事もできますよね。視点を変えて物語を作るってのもありでしょうし。
世界の中心は自分ですから、その世界にもし違和感を感じることがあるなら、作り変える事も出来ます。
まずはやるかやらないか、その後に出来るか出来ないか、そうなるんではないでしょうかね。

 

 

ちょっと考えてみる大事

今回は、ちょっと気になったニュースを取り上げてみたいと思います。
どんな内容のニュースかというと、宅配便運転手が荷物を海に捨てたという内容です。
一体どうしてこんな事になってしまったんでしょう?
ちょっと僕なりに考えてみたいと思います。
ただ、最初に断っておきますが、あくまでも記事に書かれている"事実"で進めていくことをご了承下さい。

出来事は、誤った方面の荷物を間違えて積んでしまったとなります。
その時、会社に怒られるのを恐れているのが、頭に浮かんだわけです。怒られたくないとかですかね。
その結果、どういう行動にでたかというと、その荷物を海に捨てて処理したとなります。

なんでそんな事をしたんだろうって思いますよね。
でも、実はこの時点では、この人の目的は達成してるんですよ。
海に捨ててしまえば問題もなくなって、怒られることもなくなるから、恐れもなくなるわけです。
荷物を捨てた事が発覚しないかもしれないって思ってたのかのしれないですね。
もちろん、この時点ではですし、良い悪いは抜きです。

では、なにが足りなかったんでしょう?

それは、その後に起こる出来事を考えていないんですよね。ただ、それだけなんです。
荷物を捨てる事によるメリットとデメリットを考えていれば、大事にはならなかったんです。
荷物を捨てる事が発覚しないかもしれないのは本当なのかどうなのか。
会社に怒られるけど、自分が恐れている程のことなのかどうなのか。
その点も、本当かどうかちょっとだけ考えてみればよかったんですが。

最終的には、会社にも怒られましたし、さらに社会的にも怒られることになってしまったわけです。
事実が明るみになるまでのストレスもかなりのものだったんではないでしょうか?
今回この人は、苦しい思いをして、やってはいけない対処方法を学んだわけです。

なぜ今回取り上げたかというと、陥りやすい過ちなんではないのかなと個人的に感じて、考えてみました。
そんな事しないよって思うかもしれませんが、似たような事はないでしょうか?
自分にとって都合の悪いことを捨ててしまう、後回しにして忘れてしまうとか・・・。
人の事はよく分かるんですが、自分の事となると、けっこう分からないものです。
気になった時は、ちょっと考えてみるのもいいかもしれませんね。

 

道具を使う、道具に使われる

最近の技術の進歩は本当にすごいですよね。
どんどん便利になっていって、気を抜くと置いてきぼりになっちゃいますよね。
なんて書いている僕は今もガラケーですが・・・。
まあ言い訳をするなら、タブレットを持っているので必要ないかなって自分に言い聞かせています。
決して、置いてきぼりになってるわけでは、ありません。
なんて、ちょっと違うとこで熱くなっちゃいました。

では、気を取り直して・・・
最近のニュースを見ていると、果たして生活が便利になっているのかどうなのか少し疑問に感じます。

現代は間違いなく、ネット中心の世の中になったと思います。
使うと本当に便利ですから、なくなるなんて考えられないですよね。
僕も個人的にパソコンが壊れた時は、非常に苦労しました。
でも、所詮便利になったとはいえ、道具なんですよ。
道具とは、人が使うものだと思いませんか?

今、色々ニュースの記事を賑わせている内容を見ると、どうも道具を使っていないんではないかと感じます。
どういう事かというと、人が道具に使われているんではないのかなって感じずにはいられません。

道具を使うだと、使いこなすとか使いこなせないとかの問題だと思います。
もちろん、使いこなせないのも問題かもしれませんが・・・。
それは、使い方に慣れると問題は解決しますよね。
でも、道具に使われるだと、中心が人ではないので、人は振り回されてしまうんではないでしょうか。

もし、使われているかもって感じるなら、中心に戻りましょう。
道具とは、人が使うものです。自分にとって、本当に必要なこと、必要ではないこと、
道具を使うことで気にしていることは、本当にその通りなんでしょうか?
もし、その通りだとしても、他に方法はないんでしょうか?
実は周りみんなが道具に使われているってことは、ありませんか?

あなたは、道具を使っていますか、それとも、道具に使われていますか?

 

 

本当の自分って・・・。

本当の自分はこんなんじゃないって思う事ってありますか?
僕も学生時代はそんな事を思ってた事あったと思います。
そんな事を考えちゃうと、辛いですよね。なんだか分からないけど、イライラしてた気もします。
では、そう考える本当の自分ってどんな自分なんでしょう?

外面と内面で例えるなら、外面に出てないのが本当の自分って事になるんでしょうか。
内面が本当の自分ですから、外面は本当ではない自分って事になるんでしょうね。

なんだか、自分以外のなにかがいるように感じるのは僕だけでしょうか?

でも、ちょっと考えて下さい。
外面だろうと内面だろうと、どちらも自分ではないんでしょうか?
ちょっと分かりづらい表現かもしれませんね。
このように訂正してみたら、ちょっとは分かりやすくなるかもしれません。

”本当”という部分を”本音”に訂正したらどうですか?
本音の自分、本音ではない自分。

内面にあるのは、言いたいこと、やりたいこと、我慢してること、とかになるんではないでしょうか?

本当の自分を分かって欲しいではなく、自分の本音を分かって欲しい。

内に溜め込んだ本音をうまく外に出せれば、辛い気持ちとかイライラは解消するかもしれませんよ。

夏といえば・・・。

最近暑い日が続いていますよね。
こんな暑い夏の日の夜といえば、肝試しとか怪談話なんてあまりにも安易すぎますかね。
てなわけで、今回は、そっち関係の話にしてみようかなと思います。

以前、このこらむでも書きましたが、僕は残念ながら、霊感は全くないです。
残念ながらと書くぐらいですから、個人的には見たいって欲求は非常に強いですね。
その代り、不思議な体験は何度か経験しました。
その話を霊感がある当時の知り合いに話したら、うっそだあなんて言われちゃいましたが・・・。
霊感があって困ってる人には本当に申し訳ないです。
好奇心が旺盛な困った奴だなって思って頂ければ幸いです。

今までの知り合いにも、霊感がある人は何人かいました。
で、今回そのうちの一人とお盆休みを利用(?)して、少しだけ突っ込んだ話をしてみました。

その人が言うには、今思うときっかけは、専門学校時代の大阪城だったそうです。
友達数人と夜中の大阪城に行って、ある音を聞いて、非常に気持ち悪くなったそうです。
傍から見ても顔面蒼白というんですか、それまではそんな経験は一度もなかったと言っていました。
それからは霊は見えないんですが、気配があると左腕が痺れて冷たくなるようになったそうです。
あ、ちなみに僕のお気に入りの京都の護国神社はダメなようです。左手がいつも冷たくなっていましたね。

その人の話の中で面白いなって思った事が一つありました。
大阪城に行った後に、霊感が強い友達にある事を言われたそうです。
”なんか悪い霊を連れてきたんじゃないの”って・・・。

実は他の霊感がある知り合いも、当時同じような事を話していました。
その知り合いは中学時代から霊を見るようになったそうですが、大学に入ってもっと霊感が強い友達が出来たそうです。
それから、その知り合いは、飛躍的って表現がいいのかどうか分かりませんが、格段に霊感が強くなったって話していました。心霊体験の話しも本当にリアルでしたね。

どうなんでしょう、共通して僕が感じた事は、理解者が現れると良いか悪いかはともかく人の能力って伸びるのかなって感じました。ただ、その二人ともあまり伸びて欲しくなかったみたいでしたが・・・。

では、理解者が現れなかったら、どうなっていたんでしょうか?
どうなっていたんでしょうかね、見えなくなっていた可能性もあったのかもしれませんね。
ただ、見えてるものを誰にも信じてもらえないってつらいですよね。

最後に以前猫を飼っていたんですが、時々なにか目で追っていたんですよね。
で、いつも最後は尻尾がぼんっておっきくなったんですよ。
あれはなにを追っていたんですかね。