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”自由なこころの空間”を提供する カウンセリングルームです

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10月

予言の自己実現

予言の自己実現という概念があります。予言というとなんか物々しいイメージですが、簡単にいうと、他人の言葉に乗せられるってとこですかね。

例えば、お医者さんが処方した薬がただのビタミン剤でも、個人によっては思わぬ効果をあげるなんてこともあります。個人差を生じさせるのは受け取り手次第なんですよ。自己実現ですからね。

誉められて伸びる、なんてよく言われますが、誉められることによって自信を持ち、さらに自身が成長していく、それもまた自己実現です。

とまあ、良い方に働くのもあれば、逆もしかりです。悪い方に働くのもあります。

あぁやっぱりね、なんて後で言われちゃうのが悪い方ですね。悪い予言を成就させちゃってますから。悪い評価だと、自信喪失しちゃてどんどんその通りに自己実現しちゃいます。

どうせ同じ自己実現なら、悪い予言を変えたりませんか。他人の評価なんてあとからついてくるものですし、いちいち気にしてたら切りがありません。全部同じになるなんてことはありえません。必ず反対意見は出ているはずです。バランスを保つために。ただ、それを見落としているだけです。

自信喪失しちゃうとオドオドしたり、ビクビクしたり受け身に回っちゃて自ら行動できなくなっちゃいます。まずはできることをちょっとずつやってみましょう。マイナスからプラスに転じるのは思ってる以上に難しいものではありません。できたというちょっとした自信さえあれば、あとは自己実現あるのみです。

なかなか禁煙できない

今回のねぇねぇちょっとの相談内容はカウンセラーとしてだけでなく、僕個人の経験があるので、経験談として書かさせてもらいます。それを考慮に入れて読んでもらえたら幸いです。

それでは、相談内容を書かさせてもらいます。

十年来の喫煙者。健康を考慮して禁煙したいと思いながら、なかなかできません。休日は吸わずに過ごせます。吸いたいとすら思いません。でも仕事などでイライラしたときなどは手放せなくなります。精神的に依存している状態だと思いますが、断ち切る方法はないでしょうか。

まずは、僕自身の喫煙経験を書かさせてもらいます。あくまでも個人的体験ですので、参考程度で読んで下さい。

僕も学生時代から喫煙していて、多い時には二時間で一箱吸った時もあります。この時はその場の雰囲気がどうしても耐えられなくて吸わざるえない状況でした。でも、周りの喫煙者が言うような吸わないとイライラするなんてのは全くなかったです。ですからニコチン依存症というのとは全くの無縁でしたね。

煙草が嫌いな人がいれば吸わなくても平気でしたし、家では基本的に煙草は吸わなかったですね。煙草の匂いが嫌いだったんですよ。知り合いが来た時は仕方なく吸ってましたが、自分だけの時は全く吸いませんでした。部屋が臭くなるのが嫌だったんです。わがままだとよく言われましたが・・・。

煙草の匂いが嫌でしたから、いずれ吸う煙草も人とはちょっと違ってきました。最終的にはそれが原因で、飲み会でも吸えなくなりました。お酒と煙草は付き物だ、なんて思っていたんですが、僕の勘違いだったようで吸わなくなっても全然平気でしたね。

プライベートの付き合いでも吸わなくなり、必然的に吸う場所は職場の休憩中のみ。職場ですからもちろん平日だけ。朝と昼の一日二本。それがいずれ朝の時間の一本だけ。それが数年続きましたね。一日一本だけですから禁煙する必要性も全く感じませんでした。お金、健康、気にする必要なんて全くないですから、ある意味、大人の嗜みなんて思ってたぐらいです。

それが吸わなくなって二年以上になります。きっかけは環境の変化です。職場の喫煙場所が変わって僕にとってのメリットが全くなくなったからです。ある日を境にピタッと吸わなくなりました。感覚的には禁煙したではなく、吸わなくなった、ですかね。今も全く苦にもなりません。

さて、それでは、相談内容を見てみましょうか。似かよってるとこ多いと思いませんか。ちなみに投稿者の方のお名前は、喫煙者なのに副流煙は嫌、さんです。

この方は仕事のストレスで喫煙をしているわけです。ニコチン依存症ですとちょっと難しいですが、文面から判断するとその心配はなさそうですね。

ストレス対策として喫煙しているのですから、イライラのストレスの原因に向き合わなければ禁煙は難しいでしょう。

ですが、イライラを掘り下げていき、仕事上の何にイライラしているのか、そしてそのイライラの原因と向き合い、ちゃんとした対策をとれば喫煙というストレス対策は必要なくなり、禁煙どころか、喫煙する必要すらなくなると思いますよ。

判断基準を使い分ける

さて、まさか前回の続きを書く事になるとは思いもしませんでしたが、パソコンが入院するかどうかの決断をする事態になってしまいました。

といっとも、僕の中では既にほぼ決まっていて、入院して直してもらう方向になっています。

その判断基準はなにか、それは以前経験したかどうかという要因は大きいですね。

前のパソコンなんですが、ハードディスクが損傷して大変な思いをしました。

今回はシステム上のトラブルだったんですが、リカバリーして元に戻す作業中、見たこともないエラーメッセージが出てしまいました。

調べてみると、ハードディスクの損傷に関するエラーメッセージでした。

一度痛い目にあうと、人は学習し、同じ事にならないよう対処します。

電化製品等、機械関係は不具合が出た以上いずれ壊れます。ですから、遅かれ早かれ修理が必要になります。

なんとかなるか、なんて曖昧なものが一切入り込む余地がないんです。判断を鈍らせて取り返しのつかない状況を作るのはやはり人なんですよね。

修理するしかない、ですね。

さて、これは機械関係のトラブルだから単純で分かりやすいですが、人間関係に関してはそんな単純ではありません。

以前経験したかどうか、それを判断基準にしがちになりますが、人が絡んでくるとあくまでも同じようであって、同じではないんです。

時、人、場所が違ってる以上、状況が似通っているだけであって、同じはずありません。

ですが、以前痛い目にあっているので同じ思いをしたくないと思い、過剰に反応してしまいます。

それに相手も反応してしまいます。関係性というのはお互いに作り上げていくものだからです。

お互い様状態なんです。ですから、もしどうにかしたいなら、まずは自分から動くしかありません。どうにかしたいから動けるのであって、どうにもしたくないなら動かないですよね。

最終的には自分にとって納得のいく距離感に落ち着きますが、トラブルは少ないほうがいいですよね。

専門家の意見を素直にきく

私事で恐縮ですが、ここ一ヶ月程パソコンの調子が悪く、カスタマーサービスに二回相談しました。

なぜ二回かというと、一回目は一つのアプリがどうしても開けなくなり、原因が分からず相談しました。

結果、パソコンのシステム上の問題と判明し、まぁしばらくそのアプリを使わなくとも問題ないかと判断し、そのままにしました。

まぁいっか、は昔からの僕の思考(信念)で、問題を後回しにしますが、結局最終的には問題に取り組む事になります。

てなわけで、二回目の相談になります。

これは本当に困った事に、パソコンを立ち上げても一向に立ち上がらず、時間だけが無情に過ぎていくという症状になってしまいました。

ヤバい、ウイルス感染したか、とすごく心配になり、テンションも下がりまくりました。

で、相談してみたらウイルス感染ではなく、やはりシステム上の問題と判明しました。ウイルス感染という不安もなくなり、問題もはっきりし、問題に取り組む事となりました。

今はパソコンをリカバリーし、買った状態に戻し、もう一度、元の状態に戻す作業をしています。それがめんどくて、後回しにしていたんですが、やはり今回も同じ事をしちゃいました。

今朝はかなり寝不足ですが、やらなければという踏ん切りもついたので、徐々に元の状態に戻そうかなと思っています。

素人判断は不安がつきまとうものですが、専門家の意見を素直にきくと、不安がなくなり、問題に取り組めるものですね。

転入者があいさつ無視

本当に久しぶりになるのですが、色々なケースに適用できると思いますので、ねえねえちょっとの質問に答えてみたいと思います。

二年ほど前、二軒隣に家が建ち、小学生の子のいる夫婦が転居してきたそうです。
時折、朝の通勤時間帯にご主人と顔を合わせる時にあいさつしても目をそらされ無視されるそうです。
でも、間の家の人は”気さくないい人だよ”。
人見知りだと思うようにしていますが、ふに落ちません。

どうでしょう、こちらから話しかけてるのに無視されるってけっこう多くないですか。
そういう時ってけっこうイラっとするんではないでしょうか?
僕だけじゃないと思いたいですが・・・。

今回のこの方も、間の家の人との対応の違いであまりいい気分ではないのではないでしょうか。
他の人と差をつけられると不快な気分になりますよね。

感情は自然に出てくるものなので、例え不快な気分になっても仕方ないものです。
でも、そんな気分になった自分が嫌なので、理性で納得なせようとしてしまいます。
そんな事、思っちゃダメだって自分に言い聞かせるってとこですかね。
人見知りだと思うようにする、
でも、感情を理性で押さえつけようとしても、納得できるものではありません。
だから、ふに落ちない。

どうしたらいいのか。

理性は理性、感情は感情、別々に対処するんです。

理性で一番大事なのは、自分と相手の区別をつける事です。
あいさつをするのも自分の自由、しないのも自分の自由、
あいさつを返すのも相手の自由、返さないのも相手の自由、
つまり、
相手はあいさつ無視という対応をしているんです。
なら、それに対して、今度は自分が対応すればいいんです。
人見知りだと思うなら、それ相応の対応があるはずです。

自分がどうしたいのか、どうしたら自分にとって一番いいのか、
自分は自分、相手は相手、
片想いではなく、両想いになりましょう。
それが、適切な距離感となります。

さて、次は出てきた感情の方です。
出てきたものは処理するしかありません。
処理しない限り、いつまでも残ってしまいます。
感情は爆発力があり、パワーもありますから、理性で押さえ込む事は出来てもなくなりません。
感情が先、理性が後、後悔はさらにその後、ですかね。
ですが、処理さえすれば、スッキリと解消します。

どう対処するのか。
それは、感情を最後まで感じ続けることです。
最期まで感じ続けると、落ち着いてきます。
感情はいつまでも登りっぱなしではないのです。

悪い感情でイメージするとぴんとこないかもしれません。
なら、
良い感情でイメージしてみて下さい。
良いも悪いも同じ感情です。

嬉しい事って、いずれ落ち着きますよね。
つまり、嬉しい感情は最後まで味わっているから落ち着くんです。

なら、悪い感情も同じです。
最期まで味わってしまえば、落ち着きます。
ですが悪い感情を味わうのはなかなか難しいです。
それはそうですよね、嫌な感情なんて味わいたくないですよね。
そこをなんとか踏ん張って、自分の出したものを自分で片付ける、です。

”どうしたらいい?”にちょっと味付けを

悩んでいる事を人に相談する時、
”どうしたらいいと思う?”
なんて聞いたり聞かれたりする事って多くないですか?

で、いざ聞かれた方は真剣に考えて答えてみても
なんとなく相手が煮え切らない答えしか返ってこない事もまた多いのではないでしょうか。

どうしてだと思いますか?

それは心理学的に考えると色々ありますが、
そこまで難しく考える事でもないのではないかな、と個人的には思います。

悩んでいる相手は、既に相談する前に色々考え抜いているんです。
考え抜いているからこそ、答え合わせみたいになってしまうんです。
答えが合わなければ反論するし、煮え切らない態度になります。
答えが合えばあったで、それで満足してしまいます。

ここでいう、答えは、
”私は~したい”に対する~の部分ですかね。

まるでクイズみたいですよね。

でも、さらにその先に進まなければ悩みは解決しません。
だって、”~したい”のが出来るなら悩むわけないですよね。
出来ないからこそ悩むんです。

ならいっそ、

”私は~したい!” けど ”どうしたらいい?”で悩んでみませんか?

自分がしたい事を、自分が出来る事によって、具体的にどのように変わるのか、
どうせ同じ悩むなら、建設的な方がいいですよね。