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キャディーさんは五年後のあなた

今朝もラジオのネタで恐縮なんですが、とても参考になる言葉でしたので、早速こらむで書かせてもらいました。

誰の言葉かはちょっと聞き逃してしまったので分かりませんが、とても分かりやすく、かつ、考えさせられる言葉だと思います。
速攻こらむで書かせてもらうぐらい、僕にとっては、ぐわっと心えぐられる含蓄ある言葉だと思います。

日常生活を送るうえで、
いかんいかん、と思った時に、
あちゃあ、やっちゃったよ、と思った時に、
戒めの言葉として、自戒の念を込め、
“キャディーさんは五年後のあなた”
と唱えてみて下さい。

速攻、冷静になれると思います。
僕も早速使ってみたいと思っています。

順番が逆ですが、言葉の意味を書かせてもらいますね。

上手くいかない時、思った通りに物事が進まなかった時に、その人がどのような態度をとるか、
一緒にゴルフに行くと良くわかる、だそうです。
思い通りにいかなくて当たり散らしたり、不機嫌になったり、ぐわーっとなったり、
そんな面倒なお客さんを、それでも上手くなだめるキャディーさんの姿が、五年後のあなたの姿だそうです。

たまたまそんな日に当たったのかもしれないし、
簡単に決めつけるのもあれだし、
せめて3回ぐらいは一緒に行ってみて、その人の本性を見極める、だそうです。

うーん、怖い言葉だと思いますよ。

思考、行動、感情で考えてみるとパターン化されますからね、人というものは。

とはいっても、これがその人の本性というのはちょっと言いすぎかなとは思います。

誰だって、許せないこと、正しいと信じてることはあるんです。

ですから誰だって、思い当たることがあるのではないでしょうかね。

ぶっちゃけ、全く思い当たらないなんて人はいないんではないかと、僕は思います。

なぜなら、我慢するわけなんですよ、自分の欲求に対して。
いい人であろうとすればするほど、
他人に迷惑をかけてはならないと思えば思うほど、
自分の欲求が解消されず、ストレスとして溜まってしまうんです。
で、いずれその我慢も限界がきちゃいますので、必ずどこかで発散の機会をただひたすら待ちわびているんですね。
で、その機会がきたら、ばーんと、今までの我慢を発散しちゃうんですよね。

ですから、誰だって、何かしら思い当たるふしはある、と僕は思うんです。
誰でも、その時に、キャディーさんに迷惑をかけている、それを自覚しましょうと、僕はとらえました。

あなたにはそんな時があるけど、
わたしにもそんな時がある、
だから、お互い様。
お互い様だから、
せめて、小出しにしていきましょう、
ドカンといく前に。
小出しなら大丈夫だよ、と。

キャディーさん視点で見るか、
困った人視点で見るか、
言葉一つとっても解釈が違ってくるんですよね。

ちなみに僕は、言うまでもなく
困った人視点でこの言葉をとらえました。

どちらでとらえるか、
それもまた、その人を判断する目安になるのかもしれませんね。

あ、ちなみに、ぐだぐだとこのように言い訳じみるのは
グサッと刺さった人、特有の行動です、
僕のように、ね。

違いは知っているか知らないか

最近の言葉で、フェイクニュースってありますが、別段真新しいことでもなんでもないんです。

要は今までの出来事といかに結びつけ、理解するか、です。

人間心理学は古代中国で既に出来上がっている、となんかの書籍で読んだ微かな記憶があります。
今は、確かにそうだなと、個人的に思います。

こらむでも書いたかもしれませんが、発掘された紀元前の木版に「最近の若者は・・・」なんて一文があったそうです。
どんな時代でも、人間である以上、考える事、思うことは同じなんです。
木版として、歴史が証明しちゃってますからね。
世代格差は今に始まったことではない、ですね。

古代中国で、と書きましたが、古代中国史の歴史漫画でいいんですが読んだことありますか?
僕は個人的に知識を得るのは漫画もあり、という考え方です。
むしろ、イメージしやすいし、理解しやすいし、押しぐらいかもしれませんね。
作り物は作り手の考え方が反映されていますから、映画だろうと本だろうと漫画だろうと違いはないと思います。
だから、個人によって好き嫌いがハッキリするし、分かり易さも変わってきます。

難しく書いてるけど、同じ内容じゃないの、なんて書籍は多々あります。
といっても、ついつい買っちゃうんですけどね。

と、それちゃいましたが、古代中国史。
かなりエグイです。
そんな時代と言っちゃえばそれまでなんですが、今の時代では考えられないことが普通に行われていたわけです。
権力があればなおさら、もう、ホント、ギャーって感じですね。

そんな極限状態に置かれた人間はどんな行動を起こすか、
倫理も規律もゆるゆるの時代、考えただけでめっちゃ怖くないですか。
まあ、実際、巻き込まれたら救いはないんですけどね。
理不尽だろうと、それはそんな時代だからこそ仕方ないことなんですよね。
その時代に生きていない現代の僕たちでは、本当の理解はできないことなんでしょうけど。

そりゃ人間心理学は出来上がりますわ。

疑心暗鬼を匂わす、
その結果どうなるか。
歴史が証明しているんです。

知識を得ることによって、惑わされない。
知ってることを結び付け、踊らされない。

圧倒的な力でねじ伏せる、
言葉が通じない相手を黙らせる方法の一手です。

これはとても有効な手段だと、個人的には思っています。
色々な場面で、効果的に使われて欲しいと、個人的には思っています。
もちろん、使い方を間違えない限りですが。
使い方を間違えると、これまた歴史が証明してますからね。

最近の紙不足問題は、僕の予想以上に速い解決をしそうです。

もう少しだけかかるかと思いましたが、かなり本格的に潰しにきましたね。

いい傾向だと、個人的には思います。

 

「ウイルスをまく」飲み屋をはしご

さて、既に大騒ぎのニュース記事について、僕もこらむで書かせてもらいたいと思います。
個人的に思うところがありますので、少々言葉がキツイかもしれませんが、一つの意見として読んでいただければ幸いです。

どうしてこんな行動を起こしたのか、なんて記事もありましたが、必要ですかね。
本人が知りたいというならとことん深くまで自己洞察してもらって、納得するまで内面に向き合ってもらえばいいだけです。
タイトルしか見てませんし、読みたいとも思いませんでしたので全く内容は知りませんが。

結果からすれば、ハッキリと危害を加えようとして行動していますし、言質も取られてますし、実際お店側に被害も出ていますし、営業停止もさせていますし、もうホント、色々アウトですよね。
「まるでテロ」と経営者の方がおっしゃられていましたが、いやいや、テロそのものです。
もし、銃が普通に流通しているなら、起こっていたかもしれませんね。

勝手に絶望して、
勝手に癇癪を起こし、
勝手に周りを巻き込み、
勝手に自滅する、
そんなパターンです。

子どもの癇癪と同じです。

守られるのは、加害者ではなく、被害者です。

それは、絶対守らなければならない原則です。
例えどんな理由があろうと。

それはそれ、これはこれ、です。

犯した行動の責任は本人が負うものです。
当たり前ですよね、自己責任ってやつです。

自己責任の後に、どうしてかの理由です。
だから、情状酌量となるんです。

冷静になっちゃった今は後悔しまくりではないんでしょうかね、これからの事を考えると。

残念ながら、仕方ない事です。
それだけのことをしでかしてしまいましたので。
その責任を終えてから、そこからまたリスタートです。

しっかりと後悔して、しっかりと反省して、しっかりと責任をとって、
またやり直して下さい。

“間違った”謙虚さ

何回もこのこらむで書かせてもらってますが、通勤時のラジオは情報源として僕の生活に欠かせないものとなっています。

さて、今朝のラジオのパーソナリティーの言葉ががっちりと僕に刺さってしまいました。

“間違った謙虚さ”という言葉です。

最新映画の紹介のコーナーで、使われた言葉なんですが、
あ、これ使える、なんて思っちゃいました。

たった一言、言葉を付け足して下さい。

“間違った”という言葉です。

“間違った”謙虚さは、クラスでいったら上のクラスとでもいいましょうか。

“間違った勇気”、”間違った優しさ”、”間違った責任感”、”間違った正義感”、”間違った義務感”、等々、ちょっとした行動を見直す時に役立つと思います。

で、やりすぎないように、最後に”間違った謙虚さ”を。
反省も大事ですが反省しすぎるのも程々にね、という意味で。

児相 夜中に小6追い返す

今朝、2月19日中日新聞朝刊の記事です。
内容は割愛させてもらいますが、タイトル読んだだけでアホかと思われた方が多いのではないでしょうか。
まあ、僕もこらむで書くぐらいですし、僕の文章は僕の中から生まれてくるものですから、もちろん、感じたものしか生み出せません。
つまりは思ってるわけですね、はい。

とはいえ、だからといってこれだけで問題を終わらせたらもったいなくないですか。

対応した職員の言葉を書きます。

「深刻な事態とは思わなかった」

この一文に対し、組織として対策を立てなければ本当の問題解決には至らないのではないでしょうか。

出てきた以上、意味が必ずあります。

その意味も含め、アホかと切り捨てるのではなく、
可及的速やかに対策を立てるチャンスととらえ、二度と同じ過ちを繰り返さないのが大事だと思います。

あ、もちろん、行動は間違いなく過ちです。

もう、言い訳できないほどアウトです、はい。

 

マスク10万枚 南京市へ発送

名古屋市 交流は停止しても

僕は個人的に尖った発言をする人は昔から苦手です。
河村市長の発言もけっこうそういうのがありますので、どちらかというと苦手な方ではあります。
ですが、それ以上にそのことで一方的に叩くという行為が嫌ですので、どうしても庇うという行動に出てしまいますね。
こらむでもそんな内容ありますよね。

ですが、そんな苦手な人でも、苦手なことだけをするわけではないんです。
どんな人でも、嫌な部分もあり、いい部分もあるんです。

無視をすることだって、先延ばしにすることだってできるのに、
「友人が困っとりゃ応援するという自然の情ですわ」

行動に移せる人はやはりすごいですね。

自ら動くことによって、色々なものが動き出す、
自然の流れです。

予測して動く

僕は本当に渋滞が嫌いで、どれぐらい嫌いかというと今も朝早くからこらむアップしていますが、仕事始まるまでそれだけ時間作れるぐらい早く出社しています。
渋滞でストレス溜めるぐらいなら、自分ができることでそれを避けるという目的で日々早起きしてずーっと続けていますね。
やっぱ自分がやりたいという目的を持つと続けても苦にならないものですよね。
時々、眠たいですけど、帰ってから寝落ちするぐらい眠たいみたいですけど、うん・・・。

まあ、それはさておき、今朝は数台前に大型トラックが走っていて、かなり遅かったんですよね。そのトラックの後ろ、つまり僕の前にも数台車走っていたんですが、制限速度にも達しない低速走行にも関わらず、皆さん大人しく走っていたんですよね。
大型トラックですから全く前が見えず、渋滞しているのかもしれない、と思ったんでしょうね。

んな阿保な、こんな時間で渋滞って、
と思って車線変更してみたら、なんてことはなく、ただ単におっそくそのトラックが走ってただけでした。
前はガラガラ、お前のせいかよ。

予測して動いて切り開く、というだけのお話しでした。

「トーチ火使わず」通知

名古屋市教委 ライトなどで代用

僕は地元愛はあまりないと自覚しているんですが、それでも度々尾張県内の市町村の気になった新聞記事についてこらむで書いてます。

で、どうもそこそこ地元愛はあるみたいですね。

お役所仕事と言われますが、大事なことは案外フットワーク軽いと思います。

 

どうでもいいことに無駄な時間を使うより、大事なことを優先する、素晴らしい。

詳しい内容は、2月5日付けのニュースで見てもらえば早いですので省きますが、以前のこらむで書いた内容も参考にしてもらえば幸いです。

伝えたいことは一つだけです。

多数決が民主主義というなら、傷ついた人は心無い外野の声を気にする必要はありません。
気にして、さらに傷つく必要もありません。

だって、しっかりと結果出たじゃないですか。

一方的に傷つけられたケースでも同じことが当てはまると思います。

どうか、心無い声にさらに傷つけられないよう、聞かなくていいことを拒絶できるようにしてもらえば幸いです。

 

お年玉の上手な断り方

年始に祖母の家に子ども二人を連れて行ったのですが、祖母と同居するおじ夫婦から、子どもたちにお年玉をもらいました。
毎年お年玉をもらいに行くようで心苦しく、断っても、「いいから」と言ってくれます。
おじ夫婦に孫がいれば、こちらもお年玉をあげたいのですが、孫はいません。
上手な断り方を教えてください。

さて、これは断るという目的で考えると、非常に難しいと、僕は思います。
もし、断るという目的を優先させるなら、自分が思っていること、心苦しいということを正直に話してみるしかないのではないでしょうかね。
多分ですが、帰ってくる返事は同じかもしれませんが・・・。

これは図に書いてみると分かりやすいかもしれません。
お年玉を渡すという行為は誰と誰の間でなりたっているか、
そうです、おじ夫婦と子供たちの間のやり取りになっているわけです。
もし、渡さないとなると、今までのやり取りをしていた子供たちからどう思われるか、おじ夫婦の立場で考えると怖くなりませんか。
いくらお年玉もらったか、なんて会話しませんでしたか、子ども時代に。
子どもにとって、お年玉は一大イベントではないですかね。
それを渡さないとなると、甥っ子姪っ子からどんな扱いを受けるか、
ですから、自分たちと甥っ子姪っ子との関係のための、「いいから」ではないんですかね。

目的というのは、自分にもある以上、相手にもあるわけです。
断られるということは、目的が一致していないと考えてみた方がいい場合が多いです。

ですから、心苦しいを消化する方向に目的を持つ方がいいかもしれません。
子どもたちにお年玉をもらったぶんだけ、何かお土産を持って行くとか、
等価交換とまではいかないでしょうが、多少は心苦しさは解消されるのではないでしょうかね。

誤った信念(考え)の結果

不快な思いをすることってありませんか。
誰もが同じ場所で生活している以上、その一人一人に考えがあって、その考えに基づいて行動しています。
その行動が場に即しているなら問題ないですが、場に即してない行動をされると、おいおい、て思っちゃいますよね。
一番分かりやすく、判断に困らないのは職場ですね。
仕事をする場なのに、それに相応しくない行動を取るのは分かりやすいと思います。
もちろん、判断をするのも人ですから、それが正しいとは限りません。
ひょっとかしたら、なんて思うのは大事だと思います。

ですが、結果論になりますが、誤った信念(考え)に基づいた行動というのは長い目を持たずとも自然淘汰されます。
つまり、相応しくないと判断されてその場からいずれいなくなりますね。
残念ながら、それは仕方ないことなんです。
職場というものは、ちゃんと目的があって、それに向けた集団である以上、相応しくない行動を取り続ける以上、自ずと結果がついてきます。
おやっと思ったなら、自分の行動から見直し、信念(思考)を確認するのが大事だと思います。
自分が正しいかもしれないけど、正しくないのかもしれない、
非常に矛盾したことなんですが、周りから思った反応が返ってきてない以上、見直さないといずれ取返しのつかないことになるかもしれません。

自分は被害者だ、と思うことがあるかもしれません。

ですが、それが周りから思った反応が得られない時は思い直して下さい。

本当に被害者だと周りが思ってる時の反応は暖かいものです。
見過ごせないと、必ず力になってくれる人が現れます。

そんな反応が得られない時は、この言葉を唱えて下さい。

お互い様、と。

自分が被害者だと思っている、相手も被害者だと思っている、
周りからの反応が得られない以上、一般常識的に考えて相手の方が正しいんでしょう。

自分の非を認める行為は難しいですが、不可能ではありません。
過ちを犯すがやり直す機会もあります。
やり直すためには、自ずから変わるしかありません。
自ずから変わった人は、自信に溢れ、非常に強いです。
悩み、迷い、自分で答えを出して、それに対し周りも評価してくれる、
自信にならないわけありません。

力強い言葉を発する人は、それなりの土台がある、です。
失敗した経験がある人は、更に力強いです。
失敗を乗り越え、今があるからです。
もし、また失敗しても、またやり直す事ができるでしょう。
更に、言葉に深みを持たして。

そんな人に成りたいですよね。